誰か人生を教えてください・・・


by maple_r

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春雨の天ぷら

春天

 ディープが一周目のゴール板前をゴールと間違えたのは、菊花賞だけだったと思う。有馬記念も阪神大賞典も落ち着いてた気がするが。
 いずれにしろ、菊花賞のあの掛かり具合で3000m走って33秒で上がれるって、どう考えたって長距離がこの馬に不利に働くことは無いだろう。問題は展開だけで。

 その展開にしたって、大逃げだとか坂を利用してロングスパートだとか、どうもスローにはなりそうもない。なら逆に、余計ディープに有利な展開になってしまうではないか。

 デルタブルースがぴりっとしないのは、同じダンスインザダーク産駒で菊花賞馬であるザッツザプレンティにも繋がる。どうも、ダンスインザダーク産駒だけでは無く、フジキセキ産駒もスペシャルウィーク産駒も、サンデーサイレンスの孫で三歳中に完成して頂点を極めるような馬は、その後の成長がアラアラになってしまうようなイメージがなきにしもあらず。是非ともそんなイメージを払拭して貰いたいもんだが。

 逆に、マッキーマックスやファストタテヤマのような頂点まで届かなかった馬は、その後も同じようなイメージで伸びるでもなく沈むでもなく、なんとなくだらだらと。しかしながら、マッキーマックスは徐々に徐々に伸びてきた。典型的な遅咲きのステイヤーと見たい。

 トニービン色が強いリンカーンとサクラセンチュリーの二頭。とにかく春天に縁がないトニービンであるので、トニービン色が強ければ強いほどこのレースではいらないと考えて良い。
 リンカーンは、乗り難しい馬なんだろうな。気分屋で。逃げ馬を見る位置で競馬をしたほうが良いように思う。
 サクラセンチュリーはトニービン直仔だけに、リンカーンよりもトニービン色が強い。しかし、今回は買いたいな。ディープが突き放す展開になれば、その後ろから2着があっても不思議では無い。

 芹沢はGII・GIIIの2ゲッターだが、GIでも2ゲット出来るか。前走の完敗で自信を喪失してる可能性があるのが気になる。

 馬単・ディープインパクト→マッキーマックス・サクラセンチュリー・トウカイトリック
 三連複・同→デルタブルース・ビッグゴールド
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by maple_r | 2006-04-30 11:21 | 競馬

上ノ国

 よく、日本は無宗教国家だ、とか言われるのを聞くことがあるが、とんでもない、日本は三大宗教より古いという説もある神道という立派な宗教観に基づく国なのである。
 神道は、しんどうでも間違いでは無いのだが、正しくはしんとうと読み、伊弉諾尊と伊弉冉尊による日本国創造に端を発する日本神話をベースにした宗教観である。具体的な教義が無いために、宗教と認めない人もいるようだが、日本人の生活に密着しすぎているゆえの錯誤では無いか。
 
 神道とは、森羅万象に神が宿り、人間の生活はすべからく神の恩恵に寄るところであり、人は神への感謝、森羅万象への感謝を忘れるべからずという宗教観で、すでに日本人としては道徳と一体化しているとも言えよう。

 神道が素晴らしい宗教であることの一つに、他の宗教・神を一切否定しない点にある。キリストでもムハンマドでもブッダでも、神道の神と同列に扱うことはリジェクトされない。これは宗教観としては素晴らしく、日本人が世界の中でこれだけの経済力を得、逆に発言力が弱くなっているゆえんとも考えることが出来る。
 しかし、三大宗教のいずれもが他の宗教を否定する内容を孕んでいるのに対し、すべてを受け入れてしまうという事の、なんと大らかなことか。この辺りの観念は、日本人としては全く普通であることなのだが、他国の人間では一切理解しえない部分となる場合がある。おねがいマイメロディ第一部の最終回ひとつ前で、なすびの神様というわけのわからない神様が唐突に現れても、日本人ならなんのことは無いギャグとして笑えるのだが、他国の人からみれば、どうしてこれがギャグなのか全く解らないことだろう。

 さて、そんな神様を崇め奉る行事が、文字通りお祭りである。
 農耕民族である日本人は、収穫祭としての位置づけである秋祭りで、豊穣を神に感謝する。そして春には、豊穣祈願の春祭りを行う。
 夏は田植えを終えた慰労や、納涼等の人優先の祭りであったが、仏教の盂蘭盆という思想が介入してきたことにより、若干意味合いが変化してきた。

 ここ愛知県では、なぜか秋よりも春の祭りが多い。そして、その春祭りには山車が多く出てくる。一説には日本の山車の内、7割が愛知県にあるとも言われている。
 去年、ただ一回万博会場に入場した時、ちょうどイベントで県内の山車の集合という催しを行っていて、名古屋・犬山・豊田・半田等々から山車を運び入れて並べ、それはそれは壮観で荘厳な威容を示していた。
 これらの山車の中でも、最も有名なものは犬山であろう。台数も多く、大きく優美で、だしでは無くやまと呼ばれる。

 このような著名な地域だけでなく、町村レベルのところでも山車を使った祭りを催している。それほど、この辺りは山車が多いのだ。そしてこのような山車の文化を、今の愛知のものづくり文化の源流であると称したりする人もいる。

 そうやって、伝統を継承していくことは素晴らしいことである。ある程度以上の都市では人の入れ替わりが激しすぎて、文化の継承なんて出来なくなってしまう。こんな点においても、愛知県は都市度の割に人の流入出が少ないことの意義が見いだせる。
 
 しかし必ずしも歓迎することばかりでは無かったりもする。
 祭りが盛んな地区は、人の横のつながりが強すぎて、地域に越してきた新参に対して意図しているわけでは無くても冷たくなってしまう。
 「コイツは曳いてないから」
 この地域の人間は、誰しも山車を曳いて大人になる。こいつは余所者だから、山車を曳いていない。山車を曳いていない以上、いくらこの土地に長く住もうとも余所者なのである、という考え方が根付いてしまっていたりするのだ。

 山車も、著名な地域のものは、まるで宮大工が拵えたかのような装飾で彩られているが、小さな山車は、それはそれはちゃちな意匠なのだ。竹に布を巻いただけの柱や、色紙を貼り付けただけの板やら。
 

 祭りによって、地域の横のつながりが保たれ、地域性の継承に役立つのは好ましい。しかし、従来のやり方がベスト。伝統の継承であるのだから、変えていく必要は無い。 そういう考え方は、果たして100%正しいのであろうか。
 すべてがすべてを伝えていく必要は、必ずしも無いと思ったりするのだがなあ。
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by maple_r | 2006-04-30 01:26 | 雑記

注文の多い弁当屋

 よく昼飯を買う弁当屋で、変わった注文をする女子がいる。
 まあ、ちょっと偏食があったりアレルギーがあったりする人だと、丼物でネギ抜きとかくらいなら普通である。しかしその女子は、「親子丼、鶏肉抜き」を注文するのだ。玉子丼かよ。

 これまで彼女が、親子丼、鶏肉抜きを注文するのを3回くらい確認した。しかし、それ以外の注文の場合、特に何かを抜くわけではなく、普通に天丼とかを買ってる。
 普通に食べられるメニューがあるなら、わざわざ鶏肉無しの親子丼なんて頼まなければ良いのに。鶏肉抜いたからと言って、別に安くなるわけではないのだし、と余計なお世話を抱くことしきりであった。

 その女子、今日はライスのみ150円の注文であった。見ると左手に、弁当屋の隣にあるコンビニの袋を提げている。ふんふんなるほど、おかずはコンビニで買って、ご飯だけ弁当屋か、どんな贅沢なおかずを買ったのだ? と、コンビニの袋越しに中を覗くとそこには、のりたまふりかけただ一つ。
 なんと今日の彼女のランチは、ふりかけごはんなのであった。

 ものすごく食事に対してマゾとか、そういうやつなのであろうか。
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by maple_r | 2006-04-25 22:13 | 雑記

皐月賞

 リアルタイムで見られないから、あまりテンションをあげずに、さらっと流すのである。

 ドリームパスポート・メイショウサムソン・サクラメガワンダー
 の、ワイドボックス
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by maple_r | 2006-04-14 23:02 | 競馬

さくらいろ

 今年のサクラは、どうも調子が狂う。この辺りは先週の月曜、27日に咲いたのだが、翌日はなんと霙でサクラに冠雪。そこから雨になったり曇りでぐずついたりして気温が上がらなかったものだから、五分咲きくらいの状態で花弁も大きく開かず。そんな状態をしばらく維持していたかと思ったら、一週間くらい前には、もう葉が出てきてしまった。
 先週の土曜、1日に花見をした公園は、なぜかそこだけ全然咲いていなくて、1分か2分くらいの開花で、ぜんぜん花見にならなかった。ただのBBQ。
 今年のサクラは早いって言ってたのに。

 ところが今週、数日暖かい日があったら、今更ながら忘れていたかのように花が開いてきた。結局、開花から2週間かけてようやく満開。なんだかなあ、ぱっと咲いて、ぱっと散るのがサクラであるのに、こんなジワジワとされたら調子が狂って困る。

 桜のほうもよくわからん。
 ジワジワと来るならば、テイエムプリキュアだろうな。あとは、ダイワパッション、ウインシンシアで遊んでみるか。
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by maple_r | 2006-04-08 21:22 | 競馬

Maid in Japan-2

Maid in Japan-1

 というのも、メイドカフェというのは実にオタクの性格に深くフィットしているのである。
 オタクというのは、基本的に受け身なのである。自分の感情の表現が苦手で、人の気持ちを慮ることが苦手。結局、人とのコミュニケートが出来なくなり、自分の殻に籠もるようになってしまうのだ。
 そして、人一倍ナイーブだと思っていて、傷つくことをひたすら恐れる。だから尚更、人に対して自分の意志をアピールするということをしなくなる。

 だから、こういう人たちは、朝の電車で一緒になる美人さんにラブレターを渡すなんていうことは絶対にしない。まあ、普通の人でもそんなことはしないのであるが。ていうか、そんなことをするのはよっぽど地球は自分を中心に回っていると思っていて、世の女性のすべての視線が自分に集まっているとおもっているようなバカくらいのものである。

 閑話休題、自分から心を開いていかないオタクには、すべてを問いかけてくれるメイドという存在は、かけがえない物として映るんだろうなあ。
 つまり、自分から能動的に感情をアピール出来ない人にとって、すべてを問いかけてくれ、リードしてくれるメイドカフェのメイドという生物は、自分にとってのレゾンデトルを再認識させてくれる大切な存在なのであろう。

 自分の意志をアピールしないから、あくまで周りのペースに合わせる。しかし意志が無いわけでは無いから、自分の意志が尊重されないと思えば、その周りの人とは離れることとなる。こういう人の恋愛というのは、自分が好いた人にアプローチするのでは無く、自分を好いてくれる人に好印象を抱き、もっともっと好いてくれと願う方向に向かう。
 現状の自分を好いてくれる人だけを認め、というより背伸びをしない、自分を改善しない、努力をしない。オレはこんな人間なんだ、こんな人間でも好いてくれる人を探す。そんなスタンスなのである。

 人間って、自分はこんなもの、と考えた瞬間に終わると思うんだよね。自分を向上させることを放棄した瞬間、その人は死んだものと同じだろう。

 電車男というストーリーが受けたのは、自らをそんなもんと見なしてきたオタクたちが、恋愛によって自分自身の向上、努力という、やりたいけれども躊躇してしまうことを主人公が実践したからでは無いであろうか。と、テレビドラマしか見てないオレが言ってみる。

 そんなわけでまあ、オタクをひとくくりにしてみたが、メイドカフェにマジはまりする人って恐いよなあ……。
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by maple_r | 2006-04-02 21:36 | 雑記